一時期はテレビで見ない日はないほど活躍していたタレントや俳優も世代交代などで姿を見せなくなることは移り変わりの早い芸能界では珍しいことではありません。
俳優の窪塚洋介さんの活躍
一時期活躍していて、ある時期からテレビからすっかり姿を消してしまう芸能人は多いですが、俳優の窪塚洋介さんも1990年代に大活躍し様々な映画、ドラマ、CMで活躍していましたが、2000年代になって、あまりメディアに姿を見せなくなったひとりでもあります。
現在、彼はどのような活動をしているのか、かつての事故は何が原因だったのかと気になる人は多いのではないでしょうか。
まず、彼の芸能界入りのきっかけは高校入学前に芸能界からの誘いがあり、誘われるがま入ったとのことで、このときは特に俳優になりたいとは思っていなかったものの、演技を学ぶうちにその魅力にはまっていったとのことです。
ちなみに、彼には弟もおり、次男は俳優として、三男もレゲエミュージシャンなど3兄弟とも芸能界に進んでいます。
本格的なデビューは1995年のテレビドラマ「金田一少年の事件簿」への出演で1998年には当時大人気だったドラマ「GTO」にも出演しました。
さらに、その後も様々なドラマや映画に出演し俳優としてのキャリアを築いており2001年には映画」「GO」に主演し、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞と俳優賞を最年少で受賞し、そのほかにも様々な映画賞を受賞しました。
その後も様々な映画やドラマに出演し2003年には一般人女性と結婚、同年に長男も誕生しました。
仕事も私生活も順調と思われていましたがその後は彼の人生を大きく変化させることとなったある事件が起こります。
彼の人生を大きく変化させた事件?
2004年は育児休業中として活動を停止していましたが、6月に自宅マンションから転落、世間を騒がせることとなりました。
26メートルの高さ、9階からの転落ということもあり命の危機もありましたが、転落の際に建物から離れた場所のフェンスに衝突したものの、地面が芝生ということもあり、奇跡的に命はとりとめました。
このときは自殺説、事故説など様々な憶測がありましたが、本人は当時の記憶が一切なく、後に死にたいと思ったことはないと発言し、自殺説も否定しています。
それゆえ、自己の謎はこれからも解けないと考えたほうが良いでしょう。
命の別状はないものの、重傷を負ったため長期の休養に入るのではと予想されましたが、回復は順調で2005年には「鳶がクルリと」で美容師役で出演し復帰を果たしています。
順調な回復
さらに、その後は俳優以外での活躍も行っており、2006年には卍LINEとしてレゲエシンガーやDJとして音楽活動を行っており、さらに2009年には空水としてミュージックビデオの撮影や監督を行うなどカメラマンとしての活動も始めました。
2007年には所属事務所であったアンフィニ―を退所し、俳優としても順調に活動を行っており、記憶に新しいところではお騒がせ女優の沢尻エリカの復帰作となる「ヘルタースケルター」でヒロインの恋人役を演じ、沢尻との濃密なラブシーンの熱演が話題となりました。
2012年には離婚し、子供の親権は窪塚が持っていることを自身のサイトで発表しています。
さらに2015年にはレゲエダンサーである菅原優香さんと再婚しました。
彼女の愛称はPINKYで2017年には第二子の妊娠が発表されています。
長くテレビCMの世界からは遠ざかっていましたが、2015年には11年ぶりのCM復帰も実現しています。
テレビではあまり姿を見ないものの、現在ではさらにその才能を開花しているようです。
俳優としてのみならず、様々な分野で活動の幅を広げている彼の今後のさらなる活躍に期待が集まっています