※この記事は当時の被災地の写真が掲載しています。
1995年、1月17日、午前5時46分、兵庫県部により発生した大地震。皆様は覚えていますでしょうか?あれから現在28年が経とうとしています。
今日朝、神戸市が主催して東遊園地で開いた「追悼のつどい」で、兵庫県佐用町の上野政志さん(75)が、追悼のことばを述べました。その追悼に向けた言葉は、長女で当時大学2年生だった志乃さん(当時20歳)に対する思いも入っていました。
当時のことを今でも昨日のことに思い出すように「まだ、28年前のことです。」という言葉から始まり死者数6434人と痛ましい数の人々が亡くなったことや当時二十歳になったばかりの長女は成人式にて『一歩一歩を大切に生きていきたい』と話していたが、その言葉は成人式と共に残されたままとなりました。
また当時の思いを綴った言葉と共に、同じ日に起こったことを多くの者が今ネット内で当時の胸の内を話していると話題です。
色々な思いを胸にネットユーザーたちの声は
《当時中学3年生だった頃、この時に初めて地震の怖さを知りました。》
《阪神淡路大震災から今日で28年。 28年前は東大阪で震災を経験しました。自分の人生でも経験した事がない程の激しい縦揺れ地震、その後も続く余震は恐怖でした。 災害の記憶と教訓は風化させてはなりません。犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。》
《阪神・淡路大震災を実体験しました、いざと成ったら何もできずに、蛍光灯が落ちて来るのが恐くて、コタツにもぐり込むのが精一杯でしたよ。 備えは怠らないでくださいね。》
《阪神淡路大震災から28年 いつもはダラダラ起きるのに あの朝は地震発生1分前にパッと目覚めて倒れてくるテレビやオーディオをサッと避けて怪我しなかったのを覚えてる あれから28年かぁ… いろんなことがあったな》
との声と共に、あの地震の揺れの恐怖を忘れられないと語る者や怖くて何も当時できなかったから備えは必要と話す者も見られました。また、まだ当時産まれてない者や赤ちゃんでと当時の話を親から聞いて怖いなと思ったや、学校の授業や会社などでの教育で見て怖かったなどと話す若者も見られました。
あれから28年、あの日亡くなった多くの人たちに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
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