モータースポーツの最高峰と言っていいF1。1994年5月1日は、そのF1において忘れられない日となりました。アイルトンセナがレース中の事故により亡くなったのです。
アイルトンセナは1960年3月21日の生まれで、亡くなった頃は「音速の貴公子」などと呼ばれ、日本でも大変、人気のあるドライバーです。1980年代後半から90年代前半、数々の記録を打ち立てて、天才ドライバーと呼ばれました。
写真:BUZZNET
レース中の事故は何だった?
写真:MOBY
イタリア、イモラサーキットで行われた決勝レースが始まり、別の車のトラブルでセーフティカーが導入されました。その後の再スタート後、直後にミハエル・シューマッハを従えて、超高速コーナータンブレロを時速312kmで進入しました。しかし走行中、コントロール不能となって直進、コースアウト。時速200kmほど減速はできたものの、コース右脇のコンクリートウォールに激突、アイルトンセナの乗るマシンは大破しました。事故の概要は以上となります。point 214 | 1
「ステアリングシャフトの折損」説
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しかし、アイルトンほどのドライバーが運転ミスで事故を起こすことはもちろんないはずで、まずはステアリングシャフトに異常があったのでは疑われました。事故を起こしたマシンは、もともとアイルトンが乗る予定の物ではなく、そのためアイルトン用の大径ステアリングが装着できるように、異なるシャフト径のものに変更したことが原因では、と疑われたのです。本来22mmに径のところに18mm径のシャフトと取り付け、強度が不足した状態でドライブしたことで破損を生み、操舵不能になったというのです。この話は信憑性があって、事故後に駆け寄った医師団の一人がステアリングを外したところ、既に折れていたシャフトごと抜け取れたというもの。ステアリングシャフトの折損は、コーナーリング中のことだったか、事故でクラッシュしたときのダメージによるものなのか。point 446 | 1
「接地力が失われた」説
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事故があったイタリアの裁判所ではこの事実は認められず、その他に事故の原因があると言われました。それは、セーフティーカーが導入され退去後の再スタート後、マシンの内圧が低くなっていて、車体底面と路面とのすきまがあまりない状態で、路面の大きな段差を通過するとき、路面と車体底面が接触、車体底面の吸い込みダウンフォースが無くなって結果接地力が失われ、コントロール不能となったという説があります。
また別の説では、事故直前の別の車でのアクシデントで落ちたパーツをセナの車が踏んでしまい、セナの車の空力パーツか、または操舵系に必要な、何らかのパーツに影響を与えたという説もあります。
事故後から現在は?
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現在、この事故の様子は、事故車であるアイルトンセナの車載カメラをユーチューブなどで見ることができます。コントロールを失ってから、クラッシュするまでの時間が短く、何度見ても事故原因は想像の域を出ません。この件に関しての文献や書籍もいくつか販売されているようですから、それらを参考にしたり、ネット上の関係者の発言などを合わせて考えたり、想像したりするとまた違った考察も出てくるのかもしれません。
写真:F1-Gate.com
蛇足ですが、このレースの前日の予選の際、ラッツェンバーガーという将来が期待されている若いドライバーも、別のコーナーで事故死しています。二日続けて死亡事故が起きたことも、なかなかありえないことで、当時いろいろなことが噂になったものです。