高知県室戸市は電車も通らない海沿いの小さな港町。深刻な人口減少に悩まされている町が今、全国から注目を集めているという…
その理由は 過疎で生まれた廃校を活用した「むろと廃校水族館」。
かつて子どもたちが遊んだプールに、サメやウミガメが 泳ぐこの水族館は、1年あまりで 市の人口の10倍を超える 20万人が来館する人気施設に成長したのです。
今や全国の議員が こぞって視察に訪れ、海外のメディアも注目するこの施設。しかし完成するまでには、「無駄な投資」「観光客を誘致できるはずがない」といった、市議会や漁師たちからの反対の声もあったというのですが…
少子高齢化による廃校を蘇らせた水族館?
2018年 小さな水族館がオープンしたのは、電車も通らず、高速道路もなく、県庁所在地から車で2時間半という立地条件の小さな港町。
県外ナンバーを見ることすら少ない町は、ゴールデンウィークに大渋滞。多くの人を集めた水族館が この 『むろと廃校水族館』です。
全国で少子高齢化が進み、年間500校が廃校となっていく中、室戸市も例にもれず、16個あった小学校のうち10校が廃校になりました。2018年4月、室戸市は1874年から132年にわたって地域の子どもたちを見守ってきた椎名小学校を改修し、水族館として見事に蘇らせました。
25メートルプールに泳ぐのは子どもではなく、シュモクザメやウミガメ。大きなジンベエザメやペンギンがいるわけではなく、サバの稚魚、フグ、トラウツボ、ヒラメなどが 元気に廃校の中を泳ぎます。
食卓に並ぶような魚も大水槽を我が物顔で泳いでいます。
一番の特徴は、小学校をそのまま残したこと?
『むろと廃校水族館』は、跳び箱には金魚がいて、手洗い場は貝などを触れるタッチプールとなっています。身体測定に使う身長計や、小学校の部活で使っていた将棋盤で遊ぶ子どもたちの姿もある、不思議な空間。
夏休みには宿題に追われる子どもたちのために 館内を開放し、家庭科室では水族館らしからぬ魚をさばくイベント。さらには干物を販売するイベントまで。
そんな空間を作り上げたのが、廃校水族館の仕掛け人・若月元樹館長です。
「プールでウミガメ飼ってもいいですか?」
日本ウミガメ協議会の理事も務める若月さん。
若月さんは、沖縄大学1年生の時にウミガメの産卵に遭遇したことをきっかけに、ウミガメの魅力にはまったと話します。大学卒業後、一度はサラリーマンとして働くも、29歳の時にウミガメと生きることを決断。NPO法人日本ウミガメ協議会に入ったそうです。
室戸から1400キロ以上はなれた沖縄・八重山諸島の黒島で、協議会が運営する『黒島研究所』の職員として勤務していた若月さん。ここにはウミガメ研究の成果を伝えるための展示室があり、ウミガメをはじめとする黒島の動物たちを飼育展示していて、島の一大観光施設となっています。
2015年、当時の室戸市長がこれに目をつけ、若月さんに相談したのです。協議会は、室戸市で使用しなくなった診療所に資料を集めていたが、手狭になっていました。そのため「廃校になった小学校に資料を置いて、さらに水族館にできないか?」という市長の申し出を快く受け入れ、「プールでウミガメ飼ってもいいですか?」と 質問で返したという。
市長は快諾し、廃校水族館の準備が始まったのです。
しかし、とにかく資金が必要な水族館。来年四国でオープンする2つの水族館が総工費数十億にのぼる中、廃校水族館にかけられる予算はたった5億円だったのです。
その上、室戸市議会や市役所の職員は大反対しました。
その理由は深刻な人口減少でした。市が誕生した1959年には3万人を超えていた人口が、現在半分以下の1万3千人になり、2018年には病院までも閉院。議会からは、「無駄な投資」「観光客誘致に効果を上げないナンセンスな事業」という厳しい声があがっていたそうです。
予想を覆し、1年で20万人を集めた!
しかし若月さんには自信があったそうです。なぜならローコスト水族館を作るための “廃校”という武器があったからです。廃校を全面に押し出し、ノスタルジックで 楽しいアイデアを 次々に生み出しました。
「あと10年は響くネーミングだろうと思って」と、名前はそのまま“廃校”水族館に。さらに学校の雰囲気が出るように、室戸のあちこちの廃校から剥がした掲示物を展示。館長やスタッフの椅子も、教員や生徒が使っていたものを使用し、インテリア代を0円に収めました。
オープンすると、当初4万人と設定していた年間来館目標は わずか3ヶ月半で達成。その後も順調に来館者は増え続け、オープンから1年余りで、室戸市の人口の10倍をゆうに超える20万人が来館しました。
「うちの街も廃校をうまく活用したい」と全国の議員たちが 視察に訪れ、運営費を、入場料とグッズ売上で賄う自立した運営に驚いたといいます。雑誌や本にもたびたび取り上げられ、海外から CNN の記者までも取材に来たという。
さらに高知県産業振興計画賞・龍馬賞を受賞。廃校水族館は一躍話題の場所となったのです。
この若月さんの奮闘に応えていたのは、当初は反対の声をあげていた地元の漁師たちだったそうです。
「地元が協力しないとね」 地元漁師と一体となって
廃校水族館にいる生き物たち、実はタダで手に入れているのです。
それは室戸で100年以上続く伝統的な漁法『大敷』のお陰だ。大敷とは水深75mに仕掛けた網を2席の船で引き上げ、ブリやサバを取る漁法です。廃校水族館のスタッフは、地元の漁師の協力を得て、売り物にならない魚やサメ、ウミガメなどをもらっているのです。
79歳の安岡幸男さんも、廃校水族館に協力する漁師の一人です。
ほぼ毎日水族館に来ているという安岡さんは、生まれも育ちも廃校水族館のある椎名地区だそうです。若い頃はマグロを追って南半球に繰り出すこともあったが、今では自分の小さな船で自由気ままに漁をして、売り物にならない魚を廃校水族館に持って行きます。
「地元が協力しないとね。よそ者扱いしてたらやっぱり駄目ですよ。今ウミガメの連中(廃校水族館)に助けてもらっているからね」
そう言いながらこの日安岡さんが持ってきたのは、料亭でも使われるようなメダイ。こちらも水族館でいつでも見られるようになりました。
安岡さんが水族館に協力する一番の理由。それは過疎が進み、子どもたちがいなくなった室戸に、子どもの声を呼び戻してくれたことへの感謝の気持ちだという。
「子どもの声が聞こえないと元気が出ないもんね。うちの集落はこのままだと終わるから。元気であることは集落が続くということですよね。全部連動してると思います」
ブームで終わらないためにも…
かつて反対の声もあった市議会では2019年3月、「廃校水族館のおかげもあり、室戸市が多くのメディアに取り上げられ、室戸市の観光客は増えました。期待しています」と、全面的に応援されるようになったのです。ウミガメ大好きアイデアマンの手掛けた水族館が、地元漁師の心意気で奇跡をおこしています。
安岡さんは、「何か変化をもたせながら続けていかないといけないよね。少なくともこの形を続けていったら、私みたいにほっこりするという人はいるんじゃないかな」と笑顔で話しました。しかし、その一方で若月さんは気持ちを引き締めていました。
「これから真価が問われる時だと思うので、ブームで終わらないためにも、これまで通り楽しく、長く続けられるように、支持されるように頑張りたいと思います」
若者が減り、過疎の波に飲まれる室戸市で、廃校水族館は地域一帯の希望の光となっているのです。