日本女子バレー選手で知っている名前を聞かれたとき、木村沙織さんの名前をあげる方も多くいるかもしれません。バレーボールに興味がない方でも知っているスポーツ選手にあげられるなど、多くの方に注目されたバレーボール選手でした。ではこのように多くの方に名前を知られている木村沙織さんですが、具体的にはどのような功績を残したのでしょうか。
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木村沙織さんの名前が多くのバレーボールファンに知れ渡ったのが、2003年に行われたワールドカップバレーボールでした。まだ高校2年生でありながら、外国の選手に負けない活躍をしたのです。木村沙織さんは、翌年行われたアテネオリンピックに出場し、そこから全日本バレーボールでの活躍が始まりました。
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木村沙織さんが最初に出場したオリンピックが、2004年のアテネ大会です。そして引退前の最後に出場したオリンピックとなったのが、2016年のリオデジャネイロオリンピックです。彼女はアテネ大会からリオデジャネイロ大会まですべてのオリンピックに出場するという、日本女子バレーボール界での偉業を成し遂げたのです。これは怪我などをせず、常に日本のトップ選手でいなければできない偉業です。
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木村沙織さんの偉業は、オリンピックに4大会連続出場しただけではありません。低迷していた日本女子バレー界を復活の立役者の1人だというのも見逃せない功績の1つです。例えば2010年の世界選手権では、日本を32年ぶりの銅メダルに導きました。さらに続く2012年のロンドンオリンピックでは、日本は28年ぶりの銅メダルを獲得しています。銅メダルを取ることができたのも、オリンピックでは1度も勝ったことがない中国に、木村沙織さんが33得点もあげて大活躍したというのも大きなポイントです。point 301 | 1
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このように木村沙織さんの功績を見ると、バレーボールで大きな活躍をしたことがわかります。ですがプレーで活躍しただけではなく、キャラクターで多くのバレーファンを魅了したというのも、木村沙織さんならではの特徴です。高校生のときに試合後のインタビューで、勝てた理由を聞かれたとき「だって勝ちたかったんだもん」と答えるなど、木村沙織さんのキャラクターが多くのファンを魅了しました。
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バレーボール選手としては珍しいフォトエッセイブックの発売や、月間バレーボールの表紙を1年以上にわたり飾るなど、コートの外での活躍も多く見られる木村沙織さんだからこそ多くのファンが注目したのでしょう。