「平成元年にお亡くなりになったひばりさんの歌声が、令和元年によみがえります」と 司会の綾瀬はるかさんから 紹介されると、白のドレス姿の美空ひばりさんが現れました。
第70回という節目を迎えた「NHK紅白歌合戦」。最新のAI(人工知能)技術によってよみがえらせた AI美空ひばりさんが、秋元康氏が作詞・プロデュースした「あれから」を熱唱。40年ぶりに紅白で“歌唱”されました。
「お久しぶりです。あなたのことをずっと見ていましたよ。頑張りましたね。さあ、私の分までまだまだ頑張って」と 曲中には 呼びかける場面もありました。
同曲のメモリアル映像では、北野武さんや指原莉乃さんらが出演しました。
北野は「美空さんの最高傑作かと思うぐらい、いい歌」、指原は曲を聴いた時に涙を流し、「今は近くにいない人を思って聴くと、涙が出ちゃうんじゃないかな」とコメントしました。
AIで復活した美空ひばりについては、制作の舞台裏を描いたドキュメンタリーが、9月にNHKで放送されています。番組のホームページには、視聴者の感想として「めっちゃ泣いた。すごいプロジェクト。すごい番組。永久保存版。全国民に見て欲しい」、「今年の紅白歌合戦が今から楽しみです」といった称賛の声が掲載されている一方、「ひばりさんへの冒涜になりかねないかと心配」と批判的な意見もあったようです。
違和感を覚える声も
「美空ひばりを侮辱してはいかん」と題したブログを公開したのは漫画家の小林よしのりさん。「美空ひばりの歌はあんな平板なものではない。コンピュータの再現なんかダメだ」と書きました。
美空ひばりさんと親友だった女優・中村メイコさんは、ニッポン放送のラジオ番組で「一番単純な言い方をすると『嫌だ』。やっぱり本人がここにいて、本人が歌ってほしい」と話しています。
過去にも、かつてのスターを3Dホログラムなどのデジタル技術で蘇らせる手法が試みられ、マイケル・ジャクソン、ラッパー2PAC(2パック)などをはじめ、日本でも X JAPANのギタリスト・hideのホログラフィックライブが開催されたこともありました。
しかし、AI技術でかつてのスター達を“コピー”するとなると「感動の再会か、故人に対する侮辱か」といった議論が必ずと言っていいほど起きることも事実でしょう。著作権に詳しい福井健策弁護士は、その理由についてこう話します。
「ドラマで俳優がある人物を演ずる場合、本人でないことは明確です。一方、AI技術で本人そっくりの存在を作り出すことは、人格の再現性が強い。頭では本人でないとわかっていても、つい重ねてしまう人もいます。今後、技術の発展に合わせて表情も会話もリアルになり、さらに人格の再現性が高まるでしょう。そうなると、人々の反応もいっそう大きくなるはずです」
倫理的な問題も
故人の意志に関係なく「新しい作品」が発表されることは、倫理的な問題もあるといえます。
先に紹介した中村メイコさんも、同じ番組で「あの人(美空ひばり)を亡くしてから『全部嘘であって欲しい。まだ生きている』って思ってきた。これが、『ひばりさんの“作った声”ですよ』って言われることで離れる気がするの」と、複雑な気持ちを吐露していたそうです。
「現在の法律では、故人の名誉やプライバシーを害さない限り、AIで故人を甦らせること自体は法的に可能に思えます。一方、誰が死者を甦らせる権利があるのか、どういった活動まで許されるのか、社会的な合意はありません。AIには無限の可能性が秘められているからこそ、ルールを議論する必要があります」 (前出 福井弁護士)
20世紀は、映画や写真、音楽などを大量に複製できる技術が発達したことで「著作権」の考え方を変え、法制度化されていったと言えます。それが、21世紀は歌声や表情、会話する時のクセといった「人格」や「個性」が大量にコピーできる時代になりつつあるともいえるでしょう。また人工知能技術を使って実在の人物を再現し、本物に見せかける「ディープフェイク」動画の問題も 既に懸念されているといえます。
新たな可能性に対する 様々な議論
今年の紅白で、AI美空ひばりの新曲を聴いて 涙を流すほど感動する人もいることでしょう。だが、そこには 既に故人である 本人の意思を確認することができないという危険性が潜んでいることも事実と言えます。
今回、AI美空ひばりの紅白出演が大きな注目を集めたことにより、エンターテインメントの新たな可能性に対する 様々な議論が沸き起こることは間違いないと思われます。