●彼らの軍服=悪の象徴
写真;sillywalkbt.jugem.jp
1930年以降、ナチスの制服は”悪役”コスチュームデザインの基準となっている。ナチスの犯罪のスケールの大きさを考えれば、現代のフィクションが悪党をたびたびナチ風スタイルで描くのも驚くことではない。ナチズムとくれば、観客にはすぐに極悪人だとわかる。
●ココ・シャネルとナチスの関係
写真:ameblo.jp
ヒトラーの軍隊がヨーロッパに侵攻し始めたとき、ガブリエリ・ボヌール・シャネルは、すでにファッションデザイナーとしての地位を確立していた。ココという愛称で知られた彼女は、言わずと知れた世界のトップブランド「シャネル」の創始者である。だが、ナチスがフランスを占領したことによって、シャネルは異様なやり方でスーパースターにのし上がることになった。ナチスに抵抗したり隠れるのではなく、シャネルは効果的に彼らのルールを取り込むことにしたのだ。ハンス・ギュンター・フォン・ディンクラージの愛人になって、スパイ活動を行い、第三帝国への勧誘を手助けした。戦後、シャネルはその裏切り行為を糾弾されることなく、すぐにフランスファッション界の一流デザイナーとしての地位を取り戻し、自分の帝国を築き上げた。それどころか、シャネルとナチスドイツとの関係の噂が、奇妙な謎めいた雰囲気や不死鳥のようなイメージを伴い、却ってシャネルブランドの知名度をあげることになった。
●チョビ髭
写真:karapaia.com
当時このスタイルは人気の髭スタイルであり、人々はチョビ髭を愛した。オリヴァー・ハーディとチャーリー・チャップリンは当時の大スターだが、ふたりとも自慢気に同じようなチョビ髭を生やして世界中を刺激し、男性たちはこぞって真似をするくらいだった。しかし、ヒトラーは特にチャップリンからチョビ髭の影響を受けたわけではなく、あくまでも都市伝説ではあるが、最初ヒトラーは当時人気の長いカイゼル髭を生やしていたらしい。しかし、第一次世界大戦に従軍したとき、ガスマスクの邪魔になるので、合うように刈り込んだのがあのチョビ髭スタイルだった。それ以来、この髭で通したという。
●ルイ・ヴィトン
写真:karapaia.com
ルイ・ヴィトンのバッグは、当時から有名な伝統的ブランドだった。1940年にナチスがフランスに攻め込んだとき、ヴィシー政権の時代だったが、ほとんどのファッションブランドが弾圧されて店を閉めざるをえなくなった。だが、ルイ・ヴィトンは占領と戦争時代を生き延びた。実際、1940年代はじめにフランスの傀儡政権が運営していたホテル・デュ・パルクの1階で、唯一営業を許されたブランドだった。ルイ・ヴィトンは、公然と、恥じることなくナチスに協力することで、こうした許可を獲得していたと言われている。ライバルたちが、取引を拒否して姿をくらまし、廃業に追い込まれる中、ヴィトンだけが事業が成り立っていた。そして戦後、市場は彼らの独壇場となった。
●アジアのポップカルチャー
写真:hare-ranking.com
インドネシアのカフェでお茶を飲んだり、日本人少女のバンド演奏を聴きに行ったり、台湾の学校のパレードに参加すると、思わず眉をひそめるものを見つけてしまうかもしれない。公然とナチのイメージのモチーフがそこに存在するのだ。2013年、インドネシアのカフェのオーナーは、ナチをテーマにしたジャワのバーをオープン。物議をかもし非難が広がって、閉めざるをえなくなった。2016年、欅坂46のナチス風衣装が世界で炎上。秋元康とソニーミュージックグループが早速謝罪を表明した。2016年、台湾・新竹市の光復高校の学生は、開学62周年を祝う記念祭でアドルフ・ヒトラーをテーマにしたステージを立案、製作し、パレードでそれを披露した。イスラエルとドイツの非公式外交使節団が抗議の手紙を送り、学校側は謝罪し校長は辞職した。
●反権威的サブカルチャー
写真:karapaia.com
ナチス体制のメインテーマは、なんといっても鉤十字だ。直角に曲がった鉤のついた同じ長さの十字架が交差しているこの形は、古代ではかつて神聖な平和のシンボルだったが、ヒトラーとその取り巻きたちがこれを採用して、自分たち流にこじつけた。それ以来、悲しいことに鉤十字は汚名をきせられている。このシンプルなデザインがひと目で嫌悪をおこさせるものとなってしまい、あえてこのシンボルを利用して、観客にショックを与えようとする者も現われた。1960年代と70年代のギャングたちは、鉤十字や鉄十字勲章、SS風の稲妻を衣服につける記章として利用した。戦争が終わって以来、パフォーマンスアーティストたちも、ナチスのこのシンボルを借用した。1970年代後半のパンクロック全盛時代、鉤十字やその他のナチスシンボルが氾濫したことは比較的記憶に新しい。ギャングやパンクロッカーたちが面白半分にネオナチズムをもてあそんでいるが、ほとんどの場合は単にショックや嫌悪を与えるためにこのイメージを利用しているだけだという。挑発的な行動を通したアートの一種なのだ。