日本が世界に誇る文豪のひとりが、夏目漱石です。本名は夏目金之助といい、1867年の生まれ。彼の作品は娯楽作品や新聞連載小説など多岐に渡ります。その代表作のひとつが、「こころ」です。
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「こころ」は夏目漱石の作品の中でも比較的晩年に書かれた作品です。もともとは朝日新聞に連載されていた小説で、そのときには「心先生の遺書」という名前での発表でした。夏目漱石自身は、短編集を出版する際に「心」と命名しようと考えていましたが、この連載の冒頭部に遺書を用いることから、この作品自体を「こころ」としてまとめることにしたというエピソードがあります。
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現在も出版されている作品であり、主に読書感想文などの課題や選定図書として指定されることが多い「こころ」ですがその内容は一体どのようなものなのでしょうか。
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まず、「こころ」冒頭は主人公である私が、海辺でふとしたことから先生と出会うことから始まります。先生と意気投合し、先生のどこか陰のある部分にひかれた私は、東京に戻ったあとも先生と交流を続けることにします。先生には妻がおり、私から見てもとても仲のよさそうな雰囲気なのですが、先生がその妻と一緒にいても何か暗い表情であることを気にかけます。友人の墓参りの際に友達の大切さを説いたり、私の父の病気を知った先生はすぐに田舎に帰省することをすすめる先生。先生は、いつか自分の過去を私に明かすと言い、私は田舎の父の元へ戻るのでした。
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中編以降はすべて、先生の遺書から構成されます。先生から分厚い手紙が送られてきたことで、私は直感的にそれが遺書であることを感じ取ります。先生の遺書の内容、それは今まで隠していた先生の秘密について打ち明けられたものでした。
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先生は大学時代、Kという親友を得ます。Kは僧侶の息子で、どこか芯の通った潔い男です。すっかり仲良くなったふたりは一緒の下宿先で暮らすこととなります。下宿先には年ごろのお嬢さんがおり、実はこのお嬢さんのことをひそかに先生は恋していました。しかし、意思が弱い先生は告白できずまごついてばかりだったのです。そんなとき、下宿先でKがお嬢さんと仲良くしているところを見て、次第にあせりを感じるようになります。
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そしてある日、Kは先生に自分がお嬢さんに恋をしてしまったことを打ち明けます。先生は自分の気持ちをKに打ち明ける勇気が出ず、むしろ打ち明けたKを責めるような言動をしてしまいます。さらにあせった先生は、Kに先を越されまいと焦るあまりに、下宿先のおかみさん、つまりお嬢さんの母に「お嬢さんを私にください」と結婚を申し込みます。あっさりと了承を得て、一瞬は安堵する先生でしたが、すぐにKへの申し訳なさに押しつぶされそうになり、翌日にはKに謝罪して全て明らかにしようと心に決めるのでした。
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しかし、下宿に戻ったKは、おかみさんから先生とお嬢さんとの結婚を聞くと、素直に祝福したあと先生と顔を合わせることなく自殺をしてしまうのです。発見者となった先生は、遺書があることに気が付きます。その遺書の内容は「自分は意志薄弱でこの先とても生きていけそうにないので、自殺する」といった内容でした。
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このときですら、自分のしたことを書かれてはいないかと不安になった先生は、自分の未来永劫がこの先Kへの申し訳なさと罪悪感で塗りつぶされていくのを感じるのです。このときのお嬢さんが今の先生の妻であり、妻もKの死を悲しんでいたのですが、先生はKの死の真相を妻に伝えることはできませんでした。一度おかみさんに、申し訳なさから土下座するも、いざとなると真実を告げることができず、隠し通してしまったのです。こうして先生はKを自分が殺したという自責の念を抱えながら生きていたのでした。そして明治天皇崩御の知らせを聞いた先生は、時代の変わり目と同時に自分の心にも終止符を打つため、死を選ぶのです。
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親友という得難い存在を裏切った自責の念や、後悔の気持ち。どんなときもつい自分の立場を気にしてしまい、言わねばならぬことを避けてしまう弱さ。そういった人間のエゴイズムを描写しており、漱石の晩年の傑作と呼ばれているのがこの「こころ」です。