元東京都知事の舛添要一。政治資金を公私混同したイメージが強すぎて、もともとどんな活動をしていて、現在何をしているのかよく分かりません。舛添要一の過去から現在にわたる活動や生活についてまとめました。
もともとは政治学者!舛添要一が東京都知事になるまで
舛添要一は1971年、東京大学の法学部を卒業後、東京大学法学部の第3類助手に着任します。
その後パリ大学、ジュネーブ国際研究大学を経て、1979年には東京大学教養学部の政治学助教授に着任。助教授を退任後は舛添政治研究所の所長になるなど、政治学者としての活動を主としていました。
そして2001年7月に参議院議員通常選挙に自由民主党の比例区で立候補。見事当選し、国際政治学者兼参議院議員として活動を始めます。高い英語力とプレゼン力から参議院外交防衛委員長に就任するなど輝かしい功績をたてました。そして2014年、当時所属していた新党改革を離党し、無所属で東京都知事選挙に立候補します。過去の功績が評価され、約43%の得票率で東京都知事に当選しました。
東京都知事としての働きぶりと政治資金を公私混同報道
舛添要一と言えば悪いイメージを思い浮かべる人が多いでしょうが、実は東京都知事時代にもいくつかの実績を成し遂げています。
まず2020年に行われるパラリンピックの会場計画見直しです。
最高4584億円と見積もられていた費用を約半分の2576億円にまで減らしました。また、石原慎太郎元知事が発案した『新銀行東京』の後処理をするなどして、無駄な税金の投資を減らしました。
他にも『東京防災』という防災ブックを作ることで、都民の災害被害を極力抑えるようにし、この活動を自賛していました。
そんな実績を打ち立てた舛添要一だったが、その反面、悪い実績も打ち立てています。その代表が『公私混同報道』です。
これは5700万円と発表された海外出張費の大半が私用に使われていたという問題です。この事にメディアと国民からは「公私混同」だとバッシングを受けました。それに対し、舛添要一は「違法ではない」と突っ張りましたが、2016年の6月21日に都知事を辞職することになりました。
東京都知事を辞職してからの転落ぶり
第三者調査にて公私混同報道に「違法性は無いが一部に不適切があった」と結論が出されました。また東京都監査事務局から私的活動の経費返還の勧告を受け、約6万円を納付したが、それ以上に利用された不正な活動費が納付されることは無く。結局、不信任案で辞職することになりましたが、それ以上訴求されることは無かったようです。
現在は月収11万円と、貯金の切り崩しから行われているようです。出来るだけ出費を抑えるために3万5000円の家を借り、食事は100円のカップ麺で済ませてるとも言われています。
相当転落したようにも見えますが、実は嘘なんじゃないか、と指摘されているようです。
現在の活動とウソくさいと揶揄された家庭菜園生活
現在の活動は少しだけTVに出演する程度で、政界に戻るという雰囲気はありません。そのTVとは『サンデー・ジャポン』という番組なのですが、これが「ウソくさい」と揶揄されています。
というのも、内容が3万5000円の地下室で家庭菜園生活を送るというもので、視聴者に質素な生活を見せつける演出になっていました。その映像を見た元衆議院議員の杉村太蔵も「あれはさすがにないと思う」と否定するほど、信憑性の低い内容となっていました。では何故、そんな生活をしているところを放送しているのか、一部では『元都知事としてタレントに起用する事務所の思惑』などとも噂されています。そうなると、今後はTVを中心に活動するのかもしれませんね。
まとめ
エリート街道まっしぐらな舛添要一でしたが、個人的な感情に走った結果、その街道を踏み外すことに。3万5000円の部屋で家庭菜園が演出かは分かりませんが、やはり不正はダメだと良く分かる出来事でしたね。