李明博氏は、韓国の2008年から2013年まで第17代大統領でした。李明博氏は在日韓国朝鮮人として日本の大阪で生まれ、苦学して大学を卒業後、当時まだ中小企業だった現代建設に入社、若くして社長に就任すると現代財閥を作るほどの成長を成し遂げた、経済界では立志伝中の人物です。その後政界に進出して遂に最高権力者の地位に上り詰めましたが、政権時代の様々な疑惑が今、表ざたになろうとしています。李明博氏にかけられている疑惑とはどういうものでしょうか。
努力して上り詰めた立志伝中の人物
写真:現代ビジネス
李明博氏は1941年に大阪の牧場で働いていた両親のもとで生まれました。この出自のために在日韓国朝鮮人出身とされるのですが、一家は1945年の日本の敗戦で韓国に戻りましたので、彼が日本で過ごしたのはわずか4歳の頃までに過ぎません。韓国に戻った一家ですが、子どもたちを高校に行かせる余裕はなかったそうです。しかし、李明博氏の優秀さを惜しんだ中学校の教師の説得で高校に進学させてもらえたという逸話が残っています。その後、大学にも進学した李明博氏はここで民主化運動に参加して当時の軍事政権に目を付けられて投獄されてしまいます。この経歴がアダとなって卒業後の就職活動が思うように進まなかった李明博氏ですが、なんとか中小企業の現代建設に入社します。
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写真:コネストpoint 57 | 1
ところがここから彼の伝説的な経歴がスタートします。猛烈な仕事ぶりで頭角を現した李明博氏はわずか36歳という若さで社長に就任、その後も会社を発展させて韓国の大財閥グループを築くに至ります。その活躍は韓国でも有名で、何度もドラマになったほどの人気を誇ります。李明博氏の活躍は経済分野にとどまらず、51歳で会社を退いた後に国会議員として政界に進出します。一時政界を離れた時期もありましたがほどなく復帰、そして保守系候補として2007年の大統領選挙に勝利して遂に韓国のトップに上り詰めたのでした。point 301 | 1
李明博氏をめぐる複数の疑惑について
写真:ソウルナビ
李明博氏をめぐっては、政界進出後から様々な疑惑が取り沙汰されて来ました。まず二度目の選挙の時に選挙法の違反するような選挙資金の利用を行って議員を辞職、一時アメリカに逃れています。やがて恩赦を受けて復帰しますが、当選したソウル市長選挙戦でも不正があったとして罰金刑を受けています。大統領選挙の最中には土地投機に絡んで告訴されていますが、この件は不起訴となっています。また、大統領在任中の2012年には実兄が収賄の罪で逮捕され実刑判決を受けています。自身も購入した自邸が不当に安い値段で取引されたため、政治資金が動いたのではないかとの疑惑を持たれました。point 356 | 1
写真:韓流研究室 – FC2
このように主に金にまつわる疑惑が多い李明博氏ですが、政権としても現在疑惑として取り上げられているのが、世論工作です。これは、李明博政権が、政府に批判的な文化人のブラックリストを作成していたらしいという問題や、軍の一部が野党を非難するような世論工作を行ったのではないかという疑惑です。これらは朴槿恵政権時代の問題として取り上げられたものが実はその前政権の時代から行われていたのではないかという事で現在捜査が進んでいます。また政権当時に取り組んだ4大河川整備事業についても大失敗だったとの評価になっていて、ずさんな計画がやり玉に上がっています。この事業については、背後にゼネコンとの癒着があったのではないかとの疑惑も浮上しています。point 382 | 1
まとめ
写真:Naverまとめ
革新系の文在寅政権になってから様々な疑惑が蒸し返される形となっている李明博氏ですが、一部には、現政権による政治的な報復であるとの見方もあり、本人もまたそう主張しています。これまでの歴代韓国大統領はほぼ例外なく、政権を下りた途端に新政権から追及を受けるという末路を辿ってきました。そうした過去の経緯を見ると、今回の疑惑浮上も一連の政治的な流れの一部とも考えられますが、李明博氏が決して完全無欠な清廉潔白な人物でもないというのもまた事実のようです。point 292 | 1