顔半分を覆うマスクには小型モニタが組み込まれ、そこに視線入力システムを導入。手を使わずにパソコンや電動車いすを操作できる「サイボーグマスク」を開発したのが、ロボット研究者の吉藤オリィさんです。代表作の「OriHime」は、寝たきりの障害を抱える人にもカフェ店員や書店員という雇用を生み出しました。オリィさんによる「人間のサイボーグ化」がもたらす未来とは。
サイボーグマスク誕生
「まったく手を使わずにパソコンや電動車いすを操作する」ことで大きな話題を集めた動画があります。顔半分を覆うマスクに小型モニタを組み込み、そこに視線入力システムを導入した「サイボーグマスク」。これにより、目の動きだけでパソコンや電動車いすを操作することを可能にしています。
サイボーグマスクに小型モニタと視線入力組み込んで、全く手を使わずPC操作できるようにした。
まだちょっと調整難しいがALS患者の友人らもこれなら目の前にPC置けない着替え時や車椅子で移動中に文字入力できるだろう。
首に不随意運動ある人もこれなら使えるかもしれん#サイボーグ時代 pic.twitter.com/IGoPT5SewXADVERTISEMENT — 吉藤オリィ@新著書「サイボーグ時代」発売中 (@origamicat) February 12, 2019
サイボーグマスクを改良して、目の動きだけで車椅子を操作できるようにした!
左目に内蔵されたモニタで地図や、バックカメラで後ろの様子も見える。ADVERTISEMENT スポンサー集めて台数用意すれば、例えばサイボーグ化したALS患者さん達による視線入力車椅子サッカー大会も企画できるだろう#サイボーグ時代 pic.twitter.com/px0HLxnR4x
— 吉藤オリィ@新著書「サイボーグ時代」発売中 (@origamicat) February 28, 2019
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開発者のオリィさんは、サイボーグマスクのようなテクノロジーと人間との関係を、こう表現しました。
目の前に道を塞ぐ邪魔な石があるとします。素手でそれを割ろうと殴り続けて、手はボロボロ。でも、隣にいる先輩は「割れないのは努力が足りないせい」「俺にできたんだから、君にもできる」と叱咤(しった)してくる。
そんな状況で「自分は無能」と思い込んでしまう人の目を、オリィさんはこう覚まさせます。
「誰か早くハンマー(道具)を持ってこい」
本来の目的は「道を塞ぐ石を取り除く」ことなのに、素手でできる人がいるために、かえって「ハンマーを使う」という効率的な発想ができなくなってしまう、という教訓を示しています。この道具が、すなわちテクノロジー。オリィさんはこれまで、テクノロジーと豊富なアイデアをかけ合わせて、さまざまな発明をしてきました。
「努力と根性と我慢」といった精神論により解決を図ろうとすると思考停止を招き、むしろ目的の達成を妨げてしまう、とオリィさん。代表作の分身ロボット「OriHime」など、これまでの発明を振り返りながら、今後の目標だという「人間のサイボーグ化」がもたらす未来について、話を聞きました。
寝たきりでもカフェ店員、書店員
2018年冬、東京都港区赤坂に期間限定で、少し変わったカフェがオープンしました。名前は「分身ロボットカフェ DAWN ver.
β」。店員をするのはなんとロボットです。「分身」として、自分がいない場所の様子をカメラやマイクで把握したり、スピーカーで人と会話したりできるロボット「OriHime」を活用したものでした。ロボットを操作する「パイロット」は難病や障害により外に出られない人たち。自宅や病院から遠隔で接客をします。通常のOriHimeは手のひらに乗るサイズですが、カフェに登場したのは大型(120cm)の「OriHime-D」。移動式で、簡単な物の持ち運びができるアームを装備しています。このOriHIme-Dがあれば、例えば「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」という徐々に運動機能が失われていく難病の患者さんでも、寝たきりのまま来客に「お茶を出す」ことができるようになるのです。
たぶん世界初
寝たきりの患者が分身ロボットで来客に珈琲を出す事に成功!ALS患者の岡部さんが唯一動かせる眼で視線入力し、120cmOriHimeの視界を見ながら操作。部屋を走り回り、人を出迎えたり飲み物を配った
ADVERTISEMENT 未来では自分の身体を自分で介護できるかもしれない。研究は続く#orihime#orihimeeye pic.twitter.com/2UMSf0OHbC
— 吉藤オリィ@新著書「サイボーグ時代」発売中 (@origamicat) June 16, 2018
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このカフェは連日満席。パイロットからも好評でした。「病気になって働けなくなったが、久しぶりに『働いた』という感覚があり、とても楽しかった」「外に出られないことで親らしいことができず落ち込んだ時期もあるが、ここで得た報酬で娘に誕生日プレゼントを買ってあげられるので、うれしい」と喜びの声ばかり。オリィさんはこのプロジェクトを「これまでの研究の集大成的なもの」と表現します。
人間のサイボーグ化
今後、オリィさんが取り組んでいくのは人間の「サイボーグ化」。ここでのサイボーグ化とは「テクノロジーが人生となめらかに融合する」状態のことを指します。例えば最近、オリィさんは有志とこんな「サイボーグ腕」を開発しました。サイボーグと言っても、必ずしも難しい最先端技術というわけではありません。
オリィさんが開発したのは、難病で手をわずかしか動かせない小学生でも、スイッチ式でじゃんけんができるようになる腕です。子どもの「友だちとじゃんけんができない」という悩みを、テクノロジーにより解消するためのものです。ゆるやかな人間のサイボーグ化により、オリィさんは「障害はなくしていくことができる」と話します。目が悪くなったらメガネをかけることに何の違和感も覚えないように、「やりたい」と「できない」の間のハードルを、その発明によって軽やかに超えていきます。
冒頭のサイボーグマスク以外にも、ニンテンドースイッチで操作できる車いす、そして「こたつ」と一体化した車椅子。既存の概念を打ち破るようなオリィさんの発明は、当事者の悩みにしっかりと寄り添いながらも、遊び心に満ちています。それはSNSなどにより拡散していき、たしかに見る人の意識を変革しているようです。オリィさんによれば、今、私たちが生きているのは「今年できなかったことが、来年にはできるようになっている世界」。そしてその中では、目の前の障害は「仕方ないこと」「諦めるべきこと」ではない、と続けました。