97年当時、夫で所属プロダクション副社長である阿知波信介氏との離婚会見に臨んだ多岐川裕美は、「離婚を決意した原因は価値観の違いです。彼が私にさせたい仕事と、私がやりたいものが違って、そんな会話が家庭にも入り込んできていて…。夫は興奮するタイプですからね。私、大声で怒鳴られるの、嫌いなんです。」と語り話題を呼んでいました。
多岐川は、84年、妻子ある阿知波氏との禁断愛の末、両親の猛反対を押し切って結婚したが、仕事人間で家庭を顧みない夫に多岐川が、娘を連れて自宅を飛び出したそうです。
娘の親権について聞かれた多岐川は、「本当に大変な時や、どうして夜泣きしているのかわからなくて不安だった時も、父親として子供に接してくれませんでしたから。はっきり言って、子供は私ひとりで育てたと思っています」と言い切り、結婚後は一度も実家の敷居を跨がなかったと言います。
離婚後、実家に戻った母娘を温かく迎えてくれた両親に対し、「自分のわがままで両親に不義理をしてきたことを、今までずっと悔やんできました」と涙ながらに語った姿も印象的な会見でした。
そんな離婚劇からちょうど10年の月日が流れようとしていた07年5月4日、阿知波氏が鹿児島県霧島市の観光名所「犬飼の滝」で自死を遂げたことを伝える報道されました。
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