人間の健康にとって欠かせない睡眠だが、不足すると 実際にどのような影響があるのだろうか?フランスの睡眠病理学者と睡眠障害を専門とする精神科医が解説します。
一睡もせずに過ごした世界最長記録は?
11日と25分。これが、人間が一睡もせずに過ごした時間の最長記録だそうです。公式記録というわけではないが、米サンディエゴの高校生だったランディ・ガードナーが1964年に打ち立てたものだといいます。精神刺激薬の助けは借りていないという。当時の医療報告書には、後遺症はなかったと書かれていますが…
1983年にラットを使った実験をおこなったシカゴ大学の研究者たちによると 彼らは、水上に設置した円形の台にラットを乗せ(ラットは水を怖がる)、ラットが眠るとすぐに円盤が回りだしてラットを起こす仕組みをつくったそうです。
最初の数日でラットの体重は減り始め、皮膚に潰瘍が現れました。そして 3週間のうちに すべてのラットが死んでしまったという。これは、食物を与えなかったときよりも早い死に方でした。
肉体と精神の両方にとって危険
人間に対してこのような実験をおこなうことはできないため、人間でも同様の結果が生じるかは定かではないものの、慢性的な睡眠不足で まったく眠らない場合も、少し睡眠が足りない場合も 健康に重大な結果をもたらす可能性があるといいます。
「肉体と精神の両方にとって危険なことには違いありません」と強い調子で言うのは、睡眠障害を専門とする精神科医で、モルフェ・ネットワークの代表であるシルヴィ・ロワイヤン=パロラ医師。
「睡眠をとらずに24時間が経つと、最初の機能不全が現れます。いくつかの脳細胞が休眠状態に入り、それらの数は寝ていない時間の長さとともに増えていきます」とパリのピティエ・サルペトリエール病院の睡眠病理学部長イザベル・アルヌルフ教授は強調します。
意思決定への妨げ
睡眠が不足した時に最初に調子が悪くなる脳の回路は、注意力、集中力、視野、行動障害に関わる回路だという。
過敏性が高まり、躁状態と鬱状態を頻繁に繰り替えし、目に焼けるように痛みやチクチクした感覚を覚えます。また、幻覚が現れ、会話や論理的推論が困難になり、最近の出来事を思い出したり、時間や空間のなかで自分を方向づけたりすることが難しくなります。
「人々は、特に日常的な業務で、ますますミスを犯すようになります」とアルヌルフ教授は説明します。
「脳の働きが鈍くなり、意志決定が妨げられるのです。この現象はインターン生にも見られます。当直のあと、朝、帰宅する気持ちになれないインターン生がいるのです」
それは、睡眠が心血管システムの維持においてもっとも重要な役割を担っているからだそうです。
「夜のあいだに放出される多量のホルモンと体の安静状態のおかげで、寝ている間は心拍数や血圧が低下します。睡眠が細切れだったり、不足したりすると、最初は夜間に、続いて日中に急速に高血圧を引き起こすようになります」とアルヌルフ教授は説明します。必然的に、それは心血管疾病のリスクを増加させます。
寝ないと太りやすくなる?
「また睡眠不足は、体重と食欲に関するホルモンにも作用します。空腹を感じやすくなり、食物の代謝作用が悪くなるので、体重が増加します」とロワイヤン=パロラ医師は続けます。睡眠は、生体がグリコーゲン(糖分の貯蔵形態)として蓄えているものを復元するための特別な時間だからです。
「夜に眠らないと、グルコースの消費が増加します。それにより、インスリンの分泌が必要となり、前糖尿病の発症を助長することになります」とアルヌルフ教授も説明もします。
「夜、私たちは満腹ホルモンの方が優勢になるように空腹ホルモンの発生を止めています。このシステムを壊してしまうと夜間の食欲が増加します」。児童に関して行われた科学的な研究は、睡眠がもっとも足りていない子供たちは、肥満になる傾向がもっとも強いことを示しているそうです。
免疫に関しても 最も重要な役割
「睡眠不足は、感染に対する免疫による防御機能の働きを悪くします」とロワイヤン=パロラ医師は指摘します。
これは、いわゆるロングスリーパーがワクチンを接種した後に抗体を作り出すために必要な時間についての研究から明らかになった現象だという。このように 睡眠は、免疫に関しても最も重要な役割を果たしているのです。
「一晩眠らないと血液中のコルティゾール(特に代謝に伴われるホルモン)、糖、白血球の値が上昇します。これは、急性のストレスだと言えます。しかし、睡眠不足が慢性的になると、身体はもはや追いつかなくなり、免疫による防御機能は崩れてしまいます」と アルヌルフ教授は言います。私たちの身体では毎日がん細胞が作られているが、免疫機能が崩れてしまうと、がん細胞を取り除く能力が減少してしまうのです。
やはり 眠らなくては生きていけない?
「眠るときに、私たちの脳で特別な経路が開くことが発見されたのは、たった3年前のことでした。この経路は脳からいくつかの毒素を排出します。この経路はスポーツをするときにも同様に開かれます」とアルヌルフ教授は続けます。
記憶の強化、脅威に向き合う覚悟、感情の制御、創造性の向上など、睡眠と夢が持つ数多くの機能は、毎年研究され、発見され続けているそうです。
「睡眠は不可欠であり、睡眠不足の代償は大きいものです。もしも、睡眠が生命に関わるほど大切なものでなかったならば、進化の過程で受け継がれることはなかったはずです」とイザベル・アルヌルフ教授は強調します。人間の身体は驚くべきほどの適応性を持っているが、やはり眠らずに長い時間 生き続けることはできないでしょう。
このように 睡眠は生命に関わる重大な機能であるので、私たちが睡眠に1日の3分の1を費やしているのは、けっして無意味なことではないのでしょう… 医者は一晩で最低7時間の睡眠を推奨しています。