戦場カメラマンの渡部陽一といえば、あの独特な喋り方で当時は真似する人も多かったように思えますが、最近はあまりテレビなどで見かけなくなりましたよね。今回はそんな渡部陽一が消えた理由や現在、そして話題になった「戦場取材の掟」の内容について紹介していきます。
渡部陽一プロフィール
写真: twitter
本名: 渡部陽一
生年月日: 1972年9月1日
出身地: 静岡県
喋り方にクセはあるが実はスゴい人
写真: cinematoday
渡部陽一は低い声でゆっくりと話す柔らかい口調が特徴の戦場カメラマンとして有名です。トレードマークといってもいいヒゲはイスラム圏で取材を行うため、現地の慣習に合わせてヒゲを生やしているのだそうです。そして、グレーのベレー帽は妹さんから貰ったもので、この帽子をかぶっていくと取材が成功する可能性が高いのだとか。戦場カメラマンとして有名ですが、他にもその独特の口調からナレーターとしても活躍しています。
写真: townnews
そんな渡部陽一は戦場カメラマンとしての腕も確かです。過去に取材をしたのは、ルワンダ紛争、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、イラク戦争など、130の国と地域の紛争地域を取材しています。戦場だけではなく、東日本大震災の被災地にも取材し、募金活動にも力を入れていました。
渡部陽一が消えた理由って?
写真: kakugo.tv
一時期はテレビに引っ張りだこだった渡部陽一ですが、最近はめっきり見かけなくなりました。渡部陽一が消えた理由とは一体何なのでしょうか?
渡部陽一がテレビに出演していた理由とは?
写真: doda
そもそも渡部陽一は、本業が戦場カメラマンなのにも関わらず、なぜテレビに出演していたのでしょうか?それに関して本人が以前に明かしたことがあります。その大きな理由は2つ。
1. 多くの人に戦場の事を知ってもらうため
2. 戦場に取材に行く費用を稼ぐため
ということだそうですが、テレビに出演した事で知名度も上がり、子供から大人まで多くの人に紛争地域などの事を伝えることができたと話していました。そして、多くのテレビ出演によってある程度お金を稼ぐこともでき目的を達成したため、テレビ業界から少し距離を置いたのかもしれません。というわけで、なんらかの問題で消えたとか干されたというわけではなかったようです。
渡部陽一の現在は?
写真: cinemacafe
そんな渡部陽一は、現在も戦場カメラマンとして精力的に活動しています。また、講演活動も行っており、そこでは戦争の悲惨さや子供達の暮らしなど、現地でしかわからない事を写真とともに紹介し、人気もあるのだそうです。
一時期物議をかもした「戦場取材の掟」とは?
写真: entert.jyuusya-yoshiko
シリアで武装勢力に拘束されていたフリージャーナリストの安田純平が解放され、その際に渡部陽一が出したという「戦場取材の掟」がツイートであげられ、その内容が一時期話題になっていました。このツイートにより、安田純平に対し「ジャーナリスト失格」といった声が多く出ていました。
写真: xn--nyqy26a13k
といってもこのツイートは渡部陽一本人のものではなく、これに関して渡部陽一本人がコメントし、フェイクであることが判明したようです。フェイクであることが判明し、この投稿をした人物は謝罪ツイートをしていました。これにより、渡部陽一に多くの迷惑がかかったことと、安田純平まで根拠もないデタラメで批判を浴びてしまいました。
まとめ
写真: lemon-like
以上、戦場カメラマン・渡部陽一が消えた理由や現在、そして話題になったは「戦場取材の掟」について紹介していきましたが、渡部陽一は現在も危険を冒してまで戦場に足を運んでいます。また渡部陽一には家庭があるので、無理のない程度に活動してほしいですね。
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