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【共演NG】有吉弘行の一言に菊川怜が大号泣の真相とは?【あだ名事件】


芸能界でよく話題になるのが、共演NGタレントについてです。誰々と誰々が仲が悪い、共演NGだという話題は常にインターネットや週刊誌で取り上げられている話題です。しかし、そのほとんどは予想や噂で、本当のところは本人同士しか分からないです。一時期インターネットや雑誌で取り上げられたのが、有吉弘行と菊川怜が共演NGという噂です。


写真:boukenka.info/post-2346/

この噂が流れるようになった原因は明確です。それは加藤浩次が司会を行うバラエティ番組での出来事です。当時の有吉弘行はタレントに絶妙なあだ名を付けことで人気を博していました。そこで、共演していた菊川怜にあだ名を付ける流れになります。そこで有吉弘行は菊川怜に「いき遅れ」というあだ名を付けます。

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写真:hisasuke.com/post-7254-7254

この「いき遅れ」は結婚できていない女性を馬鹿にするワードで、このあだ名を付けられた菊川怜は番組の収録中に号泣してしまいます。そして、収録は一時中断してしまい、菊川怜は楽屋に戻ってしまいます。有吉弘行は特に悪びれた様子も無く、仕事を全うしたという気持ちでいました。しかし、いくら待っても収録が再開できない事態になってしまったので、司会の加藤浩次は有吉弘行を連れて菊川怜の楽屋に謝罪にいきます。その当時の様子を有吉弘行が語っていましたが、有吉は反省している様子は一切無く、加藤浩次の後ろでヘラヘラと笑っていたそうです。加藤浩次の謝罪によって、菊川怜は気を取り直し、収録は再開したそうです。point 372 | 1

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写真:twitter.com/wadasoul2015/status/646933528333029376

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その事件は【あだ名事件】と呼ばれていて、有吉弘行と菊川怜が共演NGという噂の元になった事件です。なぜ有吉がこのような危険な芸風になったのかというと、有名人に付けるあだ名が絶妙だったからです。和田アキコには、リズム&暴力という絶妙なあだ名をつけて、スタジオ中を大爆笑に変えました。みのもんたには油とかげという見た目とイメージにピッタリのあだ名を付けてスタジオは大爆笑に包まれました。

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写真:prtimes.jp/main/html/rd/p/000000053.000009198.html

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有吉はいきなりあだ名でブレイクしたわけではありません。最初のブレイクは日本テレビの電波少年という番組です。この電波少年という番組はその後のバラエティ番組に強い影響を与えた番組で、伝説的な人気を誇った番組です。この電波少年の企画で、有吉はヒッチハイクの旅に参加することになります。ヒッチハイクでユーラシア大陸を横断するという企画で、お金はほとんどない状態で旅はスタートしました。ホテルに泊まることはできずに、テントや野宿をする日々が続きました。満足に食事を取ることもできずに、一時期は車にはねられて強制的に旅を終了させるところまで考えたそうです。もちろん、行動には移さなかったそうですが、心身ともに追い込まれた状態であったことは事実です。point 318 | 1

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写真:prtimes.jp/main/html/rd/p/000000033.000009198.html

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ヒッチハイクの旅は、数ヶ月に及んだので、有吉はテレビを見ることはできず、日本での自分達の人気も知ることはできないでいました。そして、ヒッチハイクの旅を終えて日本に帰国すると、そこには想像もしていなかった大歓声が待っています。高視聴率を記録したヒッチハイクの旅の影響で、有吉は国民的な人気者になります。

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写真:middle-edge.jp/articles/I0000077

お笑い芸人としての仕事はほとんどなく、アイドルのような扱いを受けて、CDもリリースすることになります。藤井フミヤが作詞、作曲した「白い雲のように」は100万枚を超える大ヒット曲になり、一瞬でミリオンセールスを記録します。その後も2曲目、3曲目とリリースしていきますが、徐々にセールスは落ちていきます。それと比例するように有吉の仕事は少なくなり、どん底の時代に突入します。しかし、再ブレイクするための能力を身に付けたのは、このどん底の時代です。テレビを見ては毒舌を吐くということを繰り返していました。point 334 | 1

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