ダウンタウンは強い個性をテレビに落とし込み、視聴率を確実に稼ぐ実力を身につけました。長い芸歴を持っていても体を張り続け、時には仲の良さを披露し、歩みを止めることのないコンビ芸人です。
計算できない松本人志と浜田雅功の年収
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お笑い芸人のコンビ、ダウンタウンの2人の年収を推定するには確実な情報が足りません。松本人志さんはしんぼるなど複数の映画でメガホンを取り、浜田雅功さんは2015年に浜田ばみゅばみゅ名義で歌手活動をすることがありました。ギャラ相場は1本150万円で年収は推定3億、4億と見る声が挙がっていますが、テレビ番組への出演に限らなければ年収の調査は容易ではなくなります。
浜田雅功が在籍していた高校は三重県伊賀市の日生学園
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ダウンタウンの2人は幼馴染ですが、別々の高等学校へ入学しました。松本人志さんは兵庫県立尼崎工業高校、浜田雅功さんは当時の日生学園高等学校です。日生学園高等学校は桜丘高等学校に学校名を改めています。現在の桜丘高等学校は綺麗な雰囲気の学校でニュースになるような問題は起きていませんが、浜田雅功さんが在籍していた頃は非行少年が入る学校として有名でした。全寮制にも関わらず持ち込める家電製品は3つまでに限定され、自由時間を潰す方法は勉強するかグラウンドを走る以外にありません。自由に食べられたのは、味が限りなく薄いコッペパンでした。耐えきれなくなった生徒は教師の目をかい潜って寮から抜け出し、山を降ります。途中で通行人から駅までの道を聞き出し、自転車を盗むことがあれば田畑に捨てることもありました。駅では教師が見張り、場合によっては遠くの駅まで歩いていきました。浜田雅功さんは1度脱走を試みて、迎えを頼んだ相手が松本人志さんでした。最寄りの伊賀神戸駅ではなく大阪の鶴橋駅を指定し、立ち食いうどん屋の熱いうどんをひとすすりで食べたと語っています。
副学寮長の地位
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浜田雅功さんは日生学園高等学校にて2年生になると、当時開校した日生学園第二高等学校へ移りました。三重県の津市にあり、現在の学校名は青山高等学校に変更されています。全寮制であることに変わりありませんでしたが、浜田雅功さんは副学寮長務めることとなりました。日生学園高等学校を卒業したことのある今田耕司さんは、副学寮長は自分からすると凄い人、と述べています。バリカンで頭を剃る際に敷く新聞紙で月1度世間の情報が手に入り、刑務所のような環境の上下関係は厳しく、過酷な環境は浜田雅功さんの性格の形成に影響を与えました。2016年6月10日に放送されたテレビ番組「ダウンタウンなう」にて松本人志さんが、ソフト浜田とハード浜田、2種類の浜田雅功さんがいると話しています。先輩後輩問わず突っかかっていく姿勢を見せながらもB級アイドルなどに対してとても優しいときがある、と力説しました。
仲のいいお笑いコンビ
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2012年にコンビ結成30周年を迎えたダウンタウンは、同年11月16日にタワーレコードの意見広告ポスターに登場しました。2人が手を繋ぐ貴重なショットを披露しています。松本人志さんが広告のコピーを浜田雅功さんに任せると、ダウンタウンとは松本である、と考案されました。インタビューで松本人志さんがいてのダウンタウンと答えることが多々あり、互いの結婚式には出席するなどコンビ愛が見て取れます。
まとめ
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お笑い芸人のコンビ、ダウンタウンは気の置けない関係の2人によって誕生しました。漫才以外に司会者やクリエイティブな仕事に取り組み、才能や個性を発揮し続ける姿には安定感があります。驕ることなく周囲を気遣いながらも、存在感のある2人です。