親の死後、まず必要なのはまとまったお金です。病院に払う医療費や、葬儀にかかる費用。帰省に必要な交通費や宿泊費などもかかるかもしれない… お金がなければ、故人を送り出すこともままならないものです。
千葉県在住の主婦・山下さん(仮名、58才)が打ち明けました。
「母の死後、長女の私が立て替えていた300万円ほどのお金を、母の銀行口座から引き出すため、通帳だけ持って銀行へ行きました」
山下さんは窓口の女性行員に 3週間前に母が亡くなったこと、印鑑が見当たらないが通帳があったので 暗証番号はわからないが、お金をおろしたいことなどの事情を説明したそうです。
「承りました。少々、お待ちください」
そう笑顔でカウンターの奥に引っ込むと、続いて出てきたスーツの男性行員に 山下さんはこう告げられ唖然としました。
「たとえご家族でも、故人の口座の引き出しには応じられません。どのような事情がおありでもです…
申し訳ないのですが、お帰りください─。」
山下さんの母親の銀行口座は「凍結」されてしまったのでした。さあこうなると手続きは容易ではありません。
これまで1万4600件以上の相談に乗ってきた、相続コンサルタントの曽根恵子さんが解説します。
「口座凍結を解除するには、遺言書がない場合、遺産分割協議書や相続人全員の同意と実印、印鑑証明書が必要です。また、そもそも相続人を確定するために、故人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本も必要になります」
山下さんには弟が2人と妹が1人います。それぞれが離れて暮らし、しかも母親は、祖父から相続した土地をあちこちに持っていたため、遺産分割協議書をまとめるだけでも一苦労でした。1人ずつ書類をそろえるのも手間と時間がかかって、結局、協議書がまとまるには、本来の申告期限である10か月を大幅に過ぎて、1年以上がかかったそうです。
やっと銀行からお金はおろせたが、手元に届いたのは 相続税の延滞税の納付通知書でした。
「銀行の窓口でバカ正直に、“母が亡くなって…”と話したばかりに、口座から引き出せなくなった。生前に暗証番号さえ把握しておけば、必要な額をおろせたのに」と 山下さんが 悔やんでみても後の祭りなのでした。
「生前整理を進めておけば、銀行口座をひとまとめにしておくこともできます。そうすれば、複数の銀行に書類を提出する手間も省けました」 (曽根さん)
しかし、2019年7月には、実に 40年ぶりとなる 相続法の改正が 行われました。
「山下さんのように葬儀費用を立て替えている人のために、『預貯金の仮払い』という制度が始まりました。遺産分割協議前でも、150万円までなら故人の口座から引き出し可能になります」(曽根さん)
正月は、普段離れて暮らす家族や親族が集まる絶好の機会でもありますね。年々老いていく親を見て、「そろそろ相続について話し合わないと…」と思った時には、ぜひ 機会を逃さず 前もって聞き取りしておくことをお薦めします!