千原ジュニアは15歳で芸人の世界に入った生粋の芸人です。千原ジュニアは元々引きこもりで、小学校、中学校にあまり行かない不登校の生徒でした。たまに学校に行っても、一緒に遊ぶ友人や、おしゃべりをする友人もいないので、常に一人で時間をつぶしていたそうです。
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しかし、お笑いが好きという気持ちが強いことを知っていた兄の千原せいじが、弟の千原ジュニアを誘って吉本興業に入ります。そこで千原兄弟というコンビを組み、劇場を中心に漫才やコントを披露していきます。若くして実力を発揮した千原兄弟は、次第に名前が知られるようになり、千原ジュニアはダウンタウンの松本人志の目にとまります。
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松本人志は、千原ジュニアのお笑いのセンスを評価して、旅行に連れて行ってエピソードトークをさせたり、即興で出されたお題に回答するスタイルで笑いを取るようなことをさせたりします。千原ジュニアはそこでも持ち前のセンスを発揮して、松本人志を笑わせます。松本人志は自分のラジオで千原ジュニアを名前を出したり、自分の番組に起用しするようになります。そして、全国的に千原ジュニアの名前が知れ渡る番組が始まります。それが、「人志松本のすべらない話」です。
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この「人志松本のすべらない話」に抜擢された千原ジュニアは、持ち前のトーク力を活かして、見事期待にこたえます。千原ジュニアは、先輩芸人の悲しい失敗、自分の兄の悲しい失敗、マネージャーのミス、後輩芸人のありえない行動などの話で大爆笑を連発します。「人志松本のすべらない話」で活躍した千原ジュニアは東京で数々の番組を持つようになり、見事に売れっ子芸人の仲間入りを果たします。
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東京では明るい笑顔や、後輩思いの優しい姿を頻繁に見掛けますが、大阪時代の千原ジュニアは非常に尖っていて、周りの芸人から恐れられていたという伝説があります。目つきは非常に鋭く、ジャックナイフと呼ばれるほどの存在感を放っていました。その当時を知るお笑い芸人のケンドーコバヤシは、「あの時のジュニアさんがここまで愛されるようになるとは思わなかった」と番組で語っています。
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一昔前の芸人は、他の芸人で笑ってはいけない、自分方が絶対に面白いというプライドが高い人が多かったといわれています。今は芸人同士が協力し合い、お互いの魅力を活かすのが良いとされています。昔と今、どちらも正解だとは思いますが、芸人が増えている中で頭一つ抜けるには努力が必要です。